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この記事は、個人的な古い旅日記を加筆・修正し、アップしたものです。
文中に登場する交通機関や宿泊施設などは、現在では存在しない場合や、内容が大幅に変わっている場合がありますので、ご注意ください。
なお掲載している写真は、
KENKO ケンコー フィルムスキャナー KFS-500 BK ブラックでネガフィルムをデジタル化し、一部修正して使用しています。

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【1998年 北陸の旅 その4】
能登漁火ユースから富山ユースへ。ローカル線と路線バスを乗り継ぐ。

1998年09月30日、朝から「縄文真脇温泉」に浸かる。

能登漁火ユースホステルから歩くこと約30分、11時前に日帰り温泉施設「縄文真脇温泉」に到着。
やや「造られ過ぎ」といった感じがしないでもないが、木の香が漂う東屋風の建物が配棟された温泉施設は、充分に堕落できる?環境だった。とくに山小屋風の一軒家感覚のサウナは、隠れ家感たっぷり。。。
そして、日帰り入浴施設の必須アイテム「休憩所」へと向かう。畳間のスペースは、既に地元のご老人たちで賑わっていた。
思いのほか混みはじめてきたので、そそくさとこの場を離れることにする。
縄文真脇駅へと続く田園の道を、だらだらと下った。
駅に着くとすぐに、御座敷団体列車(1両!)が到着する。ドヤドヤと送迎バス1台分の団体客が降りてきた。彼らはすぐに、送迎バスに乗って縄文真脇温泉へと向かって行った。
そして再び静寂。
土手状のホームには、ポツンと待合室が建っている。これとは別に、とんでもなくダダッ広いログハウス風の新しめの駅舎が建っていた(無人駅だが)。
STB(駅寝)の血が騒ぐ。
とにかく無意味にダダッ広い。STBなら50人は泊まれる。トイレは別棟なので、悪臭とも無縁。。。


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残念ながら、のと鉄道の区間廃止により、縄文真脇駅は過去のものとなってしまいましたが、日帰り温泉施設「縄文真脇温泉」は元気に営業しています。
さらに現在では、日帰り温泉施設に加え、宿泊施設「真脇ポーレポーレ」もオープンしました。竪穴式住居をイメージした斬新な建物は、自然と溶け合い、縄文の息吹を感じさせてくれます。



真脇ポーレポーレ

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縄文真脇13時25分発、15時12分七尾下車。
少々意外だが、この旅で初めて平日の日中の「ガラ空きの列車」に遭遇した。
あらためて、平日の日中に「旅人」になることの「価値の重さ」をひしひしと感じる。名も知らぬ漁村を、各駅停車の列車がひた走る。
13時50分、小雨が降り始めた。
温泉でほてりっ放しの体に、涼風。車内にいても、外気が感じ取れたような気がした。
14時23分、穴水到着。
昨日までは災害で運休していた穴水〜輪島間の運転が再開されていた。なんとタイミングの悪いこと。。。

七尾から氷見まで、県境の路線バスを乗り継ぐ。
七尾駅前15時35分発、脇行き路線バスに乗車。
車内は既に、下校する高校生などで埋まっていた。さっきまでののと鉄道での静寂が一転。。。
そしてバスは、富山湾に沿うようにひた走る。半島の突堤に比べ、このあたりまで来ると海岸線が滑らかに見えた。
「新脇」バス停に到着。富山県に突入した。気が付くと、乗客は1人。。。
16時18分、終点「脇」に到着した。
海に突き出した待合室。「県境」が造り出した、人為的な終着のバス停。
ここから南は、富山県側の加越能バスの縄張りとなる。潮風の前に、赤茶けたバス停のポールが2つ立っていた。
脇16時30分発、氷見行きのバスに乗車。
半島の付け根に近付くに従い、空はグレーワールドに変わっていった。途中、2ヶ所の温泉街を通るが、路線バスとはほぼ無縁のようで、車内は終始貸し切り状態。。。
氷見市街に突入した。
どこにでもある、くすんだ地方都市を想像していただけに、恐ろしく長いアーケードに驚かされる。もちろん、人っ子ひとりいない、わびしげなアーケードではあるが、とにかくべらぼうにアーケードが長い。
16時50分、氷見中央バス停で下車。
その名のとおり、マチの中心にあるバス停だった。このバスは氷見駅前には入らないため、ここで下車し、更に延々と続くアーケードの下を早足で15分ほど歩き、ようやく氷見駅にたどり着いた。


氷見から富山へ。「地元の日常」に紛れ込む。
17時24分、氷見線の終点・氷見駅より氷見線に乗車。「下り」列車なのだが、高校生の下校タイムにぶち当たった。「地元の日常」に紛れ込む。
17時49分、終点・高岡駅到着。
ここで北陸本線に乗り換え。高岡発17時59分の富山行きに乗車した。ここまで来ると、既に能登の「さいはて」ではなく、中小都市が連なる「平野」の太い線路だ。
ここでもまた、「地元の日常」に紛れ込む。
18時18分、富山駅到着。
ここで富山ユースホステルに電話し、飛び込み予約を取る。この時間だとさすがに素泊まりとなるので、駅のコンビニで食料を買い込んだ。
18時50分、ユースホステル前行きのバスに乗車。
一般の路線バスで、ずばり「ユースホステル前行き」なんて路線があるのは珍しい。本数も予想外に多く、夜もそれほど「早じまい」ではないことには驚いた。終点はたまたまユースホステル前となっているが、富山市中心部と郊外を結ぶ、普通の路線バスらしい。
ここでも「地元の日常」に潜入し、
19時30分、終点のユースホステル前に到着した。


典型的な公営ユースホステル「富山ユースホステル」。
合宿所のような、いかにも公営ユースホステルといった感じの建物だった。
紙風船と富山自慢の「水道水」の缶が進呈される。公営ユースながらも、ペアレント氏は旅の演出に熱心らしい。
なんと、オフシーズンの平日にもかかわらず、10名の「先客」が居た。年齢層はかなり高い。
駐車場に「人形劇団」のワゴンがあったので、一瞬ギクッとしたが、昨日の能登漁火ユースとは別の人形劇団らしい。
その他は、正体不明の外国人、中年トレッカー、自分と同じ世代と思しき旅人。。。
それぞれ自分の旅を楽しむため「勝手きままに」ユースホステルを利用しているといった感じだった。
まあ、これももまた、ユースホステルらしいと言えばユースホステルらしい空気なのだが。。。
それにしても、オフシーズンの平日であっても、旅人というものは、居るところには居るものである。かつて何度となく「1人ユース」を経験しているだけに、何か頼もしいような、歯がゆいような、不思議な旅の途中。


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残念ながら、富山ユースホステルは2001年3月末で閉館しました。建物も解体されているようです。
富山市では相部屋のユースホステルは無くなってしまいましたが、市内で「安宿」をお探しの方は、下記をご参考に。

富山市で1泊3,000円以下の宿
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